FREEDOM〜気楽に生きたいバツイチママの毎日〜
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離婚と仕事

離婚後の仕事

長女小学1年生。次女2歳でスタートしたシングルママライフ。
転職回数・・・覚えてません。

無職で2年弱、どうやって乗り越えてきたのでしょう。
国の援助も養育費も、弱者には厳しい世の中です。

子供が成人する頃、自分は何歳?
子供が成長するごとに増える教育費。
いくつまで働けばいいの?
いつ、暮らしは楽になるの?

貧乏のどん底も経験して、人並み以上の借金も・・・。
ゴールはもう目の前まで来たかな?
でもまだまだ気を抜かないで頑張らないとね。

■ パート勤め ■

『どうして正社員にならないの?それで生活が苦しいって愚痴を言うのはおかしいよ。離婚をするって決めた時から準備が甘いんじゃないの?貯金もない、仕事もない、それでよく離婚したね。自業自得だよ!』

離婚をしてから7年経って、養育費が止まり実家に越してきたときに幼なじみに投げられた言葉です。旦那さんの給料で専業主婦してる彼女に、この苦しみを分かれと言うのも無理なことですが、世間って、そうゆうものです。

保育園の送迎時間の限られた中での勤務。
預け先がない環境。
突発的な病気で休みが増えること。

そんなことを考慮して選んだ職場はパート勤務です。
離婚をするときに、どれだけ貯金を持っている人がいるのでしょう。
借金に追われ生活もままならなかった状態で、それでも貯金がないってこと責められて。

正直、愕然としました。友達でさえこんななのだから。

正社員で安定した収入を得たいと誰もが思います。
子供のために、それを否定してきた私がやっぱり甘いのでしょうか・・・・。

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■ 保育園の決まり ■

東京都江戸川区で過ごしてました。

保育園は私立の認可保育園でしたが、保育時間の規定は区立ほど厳しくなかったものの延長保育は朝7時から18時まで。それも定員が決まっていて延長保育料も加算されてしまいます。

通常17時までの勤務だと、通勤時間を入れるとギリギリ。
定例保育時間内での預け入れでは残業も出来ず、通勤時間も考えると職場選びがかなり限られてしまうため正社員の道も半ば諦めモードでした。

こんなとき、子育て支援者がいるといないでは大違いの暮らしになるのです。
子供が熱を出せばお迎えの要請があります。37度少し超えただけでも電話がかかるのです。それも保育園の決まりなので・・。

生活を成り立たせるために働く保育園でありながら、保育園の決まりの中でしか働けないジレンマが続きました。

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■ 役員選出 ■

学校の役員。これも仕事する上ではかなりの障害です。

学校では、6年間に1度は役員をやるようにと、大概の学校で言われているのではないでしょうか。子供一人につき1回。ふたりなので2回はやらなくてはならない。
1年間の束縛は厳しいです。月に1回の委員会。その他行事参加の義務。

どれだけ会社を休まなくてはいけないのでしょう。
母子家庭は働かなくてはならない。扶養家族控除内で働く主婦とはちょっと性質が違うと思うのは、母子家庭のエゴですか?

一家を支える大黒柱が学校の役員になって、月に2〜3回そのために休み出向く。
そんなこと考慮されることもなく、「働いてるのは理由になりません」と。

役員になっても結局は何もできず、役員仲間からは白い目が向けられ。
役員選出の保護者会では、逃げ隠れ・・(笑)
これが最大の難所でした。

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■ 残業 ■

小学校から帰宅した長女が待つ夕暮れ。
次女の保育園のお迎え時間に間に合うように帰るのが精一杯。

買い物をして家に着く頃には外は真っ暗。
残業のない職種(パート)で限られた時間内の収入だけ。

ちょっとでも遅くなれば携帯が鳴る。
家に帰ると熱を出してだるそうな顔をしている子供が待ってたこともあって・・。

自分しかいない。
残業をしたくないのではなくて、出来ないのでした。
だから私はパートばかり選んできたのです。
生活は苦しくても、子供を守りたかった。

もう少し成長すれば、もう少し遅くまで仕事が出来るようになるだろう。
そうやって1年1年過ぎて行きました。

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■ 休日 ■

一週間が終わって、会社がお休みになってホッと一息。

子供たちはこの日を待っている。
朝から掃除して、洗濯して、午後からお買い物に。
車の免許がない私は、自転車の前後に子供を乗せて商店街やスーパーを歩きます。
子供たちと手を繋いで、一緒に歩くのが楽しかったのです。

そうでなければ、自宅でのんびりお昼寝。
子供たちが児童館や公園に遊びに行ってしまうと静かです。

たまには手作りのお菓子なども作りました。
子供と一緒に粉にまみれてクッキーを焼いたり、パンをこねたりしました。

子供が小さかった頃のほうが私もいろいろやったんだな・・(笑)

時には子供抜きで遊びに行きたいなぁってこともありました。
いつになったら自分の時間が持てるんだろう・・・なんてことも考えました。

あぁ、疲れた〜〜!!って何もかも投げ出してしまいたいときもありますよ。
そんなときに限って、子供ってまとわりついて休めないんですけど・・。

でも、働くことは一生辞められません。
それが母子家庭の運命なのだと思います。

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■ 夜間勤務 ■

子供との両立と、収入を追いかけ転職すること・・・数え切れません。
どうしようもなく会社を辞めて、すぐに仕事が見つからなかったとき
夜間の仕事やりました。

まだ子供が小学校5年生と保育園の年長組のころ、夜9時から夜中1時までカラオケ屋さんでアルバイト。夕飯食べさせ寝るまでの仕度をして、小学生の長女に次女の寝かし付けを頼んで、夜中2時近くに帰宅。

朝長女を見送り、次女を保育園に連れて行き、買い物をして夕飯の仕度をして仮眠。
夕方保育園に迎えに行き、また仕事に・・・。
結構きつかったな(・・;)

繋ぎでやってたアルバイトだったので次の仕事が見つかって退職。

長女が高校受験を控えていた年、稼ぐために夜間の仕事を決行した。
24時間スーパーの深夜勤務。夜9時から朝8時までの激務だった。
ある程度子供は大きくなっていたけど、朝見送れないから当時4年生の次女は気温に合わない服装をしていたり、 忘れ物が多かったり・・。

養育費は完全にストップ状態が何年も続いてました。
中学生の教育費は半端じゃない!塾だ〜〜部活だ〜〜と毎月どれだけ諭吉さんが旅立って行ったのでしょう。

1年ちょっと続けて引退しました。
家族がバラバラになりそうで、自分もかなり限界で、ここもおしまいに。
どうにかすぐに次の仕事が見つかって正常な日常が戻りました。

次は次女の番だ。
自分がなんだか分からなくなるまで働くんだけど、どうしたものか・・・。
やらなきゃならないからまだまだやります!
でもやっぱり、人間は夜寝たほうが良いみたいです。

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■ 疲労 ■

ちゃんと働きたかったんです。

社員になって、ボーナスも社保も退職金もあるような、そんな会社で働きたかったんですけど、現実は違ってました。最初は時給750円のパートから・・。
養育費も2〜3年後から怪しくなってきたんです。これじゃ〜暮らせません。

転職、いっぱいしました。子供との両立が難しくなるといじめも発生したり、嫌味を言われたり、とってもとっても居辛くなるんです。

でも、仕事はきっちりやりました。会社で100%の馬力を出しちゃうので家に帰るとグッタリなのです。まだ30代前半の頃は気合でどうにかなりました。30後半過ぎた頃からムリが利かなくなってきました。

転職を繰り返すうちに、いろいろな職場を見ました。
二度とやりたくない仕事もあります。
訴えてやりたい社長もいました。
自分にスキルがないから・・と頑張ってパソコンを勉強して、人より少し詳しくなりました。
やっと自信を持って働けるようになったと思ったら・・・またパワーハラスメントに悩むことになるなんて・・・。

次女が成人するまであと7年。学業終了するまであと5年。
長女は来春から社会人になります。

もう少し・・・・だ。
でも、もう疲れちゃった・・。
家事も子育ても、いろんなしがらみも、全部まともに受けながら
限界も近いかも。でも、もう一息、頑張る!がんばらにゃ〜〜〜。

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