FREEDOM〜気楽に生きたいバツイチママの毎日〜
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離婚と子供

離婚後の子供との暮らし

子供との格闘の日々。
生活を守ること、子供を守ること。たった一人でできますか?

母親だって女ですもの・・。雷、地震、台風などの災害で心細いとき助けてくれる人は居ますか?
怖がって泣きじゃくる子供を横に、しっかりしなくちゃ!って自分を奮い起こしひとりで何でもこなすことの不安。

子供の行事、病気。そして自分が寝込んだときなどに力になってくれる支援者の存在は大事です。

私には支援者はありませんでした。
だからこそ、姉妹の存在は大きかったのです。

■ 誰が私の代わりに? ■

離婚して一番困ったことは、子供の預け先がどこにもないことでした。
保育園以外にお世話になれるところがありません。
こんなときに母がいてくれたらなぁ・・・と何度思ったことでしょう。

保育園や小学校の行事、急な発熱、お迎えの要請、通勤(帰宅)時の鉄道ストップ、私が留守中の雷、地震、台風などなど・・・。

小さな子供を家に置いて心配なことが多々あって、それでも誰にも頼れない現状が日常茶飯事です。職場と子供の両立にはかなり悩みました。

職場は容赦ありません。
子供の風邪、発熱、怪我、流行の感染症などで放っておけないとき誰が私の代わりに子供を見ていてくれるのか。それでも休むことが許されず、度重なって居辛くなって行き着くところは転職。

体が弱い子供を持って、命に関わる病気をしてきて、でも誰も世間はそんなこと理解してはくれないのです。

それでも離婚したのは自分自身。
お金を得ることと、子供を守ることを両立させるためには、どこかで何かを犠牲にしなくてはやって来れませんでした。何を言われても学校の役員にはなれない。
職場にどう言われても、子供を放置することはできない。
自分の精神力が続く限り、毎日が戦いでした。

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■ 近所付き合い ■

子育てに協力者がいない私は、近所の人に随分助けられました。

子供が外で遊んでいると、「あっちのほうに行ったわよ」 とか、「向こうの公園に居たわよ」
って 教えてくれるのがとてもありがたかったんです。
アパートのおとなりの人や、お向かいの戸建の奥様や、近所の小売店のおばさんや、学校のクラスのお友達のおかぁさんや・・。

私の勤務中に怪我をした長女を家で面倒見て待っていてくれたり、緊急のお迎えに代わりに行ってくれたり、雷や地震で怖い想いをしてると家に上げていてくれたり、鍵を忘れて行って家に入れないでいると私が帰るまで待たせてくれたり。

私が体調を崩したときは、お買い物をしてくれたり。

ひとりでは無理なことも、たくさん協力してくれました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

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■ 実家の状況 ■

母が他界してから、ほとんど行かなくなった実家です。

離婚してからと言うもの、法事のときにしか家族と顔を合わせることもありませんでした。
緊急なことがあっても、子供の世話を頼むなんてことは絶対にできません。
「大丈夫か?」 の一言もお互いに連絡を取ることもなく、子供の行事、お祝い事にもなにも反応はありません。

離婚をしたことによって迷惑をかけるなと言うのが父の気持ちでしたので、頼る気持ちもなく、私には身内がいないものだと思ってスタートした生活です。

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■ 子供の病気・行事 ■

次女は病弱で、長女も気管支が弱くいつもふたり代わりばんこに風邪を引いたり熱を出したり・・。その度に仕事を休まなくてはならず、こればかりは誰かに頼むことができなかったので一番の悩みの種でした。

職場と子供の板ばさみが一番つらかったですね。
風邪を引いてる子供に 「なんで風邪引くの!!」 って怒鳴ってしまったこともあります。

学校の授業参観、親子参加の行事、保護者会、入学式、卒業式・・・。
優先順位を立てて行かなくていいものは省いていましたけど、子供は全部来て欲しかったみたいです。出来る限り子供の気持ちに応えてあげたいと思いました・・けど。

現実は厳しいってのが本音です・・・。

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