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次女が生まれたわけ

離婚した理由

どんなときに離婚を考えますか?
どんなときに離婚って言葉が過ぎりますか?

『どうして結婚前に分からなかったの?』
離婚当初、散々投げかけられた言葉でした。

分かっていたら結婚してません。
うちの場合、子供が生まれてから180度変わった夫。
大人になれなかった男がここに居ました

■ 長女が生まれて ■

交際期間2年。結婚して1年8ヶ月後に長女誕生。
それまでは、まぁまぁ平穏にごく普通に特に大きな喧嘩もなく恋愛の延長のような暮らしを送ってました。 優しいだけが取り柄のような人でしたから、子供が生まれてもこのまま優しい人なんだろうと思ってましたが・・・。

長女の夜泣きがひどかったのです。
初めての育児で私も混乱してました。

そのとき旦那は・・・全く育児も家事にも参加することもなく、夜泣きに苦しんでる私に「どこの家もみんなちゃんとやってるぞ!」と罵声。夜泣きは3歳近くまで続いてました。

買い物も美容院も、お風呂までも、私の行動は制限され、短時間でも面倒を見てくれることもなく・・。長女が少し大きくなると、テレビ番組を本気で取り合い、欲しがる食べ物を分け与えず。

見ていて情けなくなりました。

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■ 育児不参加 ■

長女が誕生して退院の前日。
『部屋は掃除してある?』って聞いたら 『掃除してあるよ』って返事。
1週間ほどの独身生活で絶対に何もしてるわけがないと踏んだ。
実家に帰る予定ではなかったので、自宅に戻ることになってた。
退院の日・・・。長女を抱いて部屋に入った瞬間・・・殺意が!

台所はありったけのコップが山になり、使ったらしい食器も1週間分そのまま。
部屋の中も足の踏み場がないほどの散らかりよう。どこに赤ちゃん寝かすの?
それより、ホコリだらけの家に新生児連れて帰るって自覚なさ過ぎ。

産後間もない体で、掃除から始まった育児です。 先が思いやられると思った。

離婚までの間、子供をお風呂に入れてくれたのも数えるほど。
それもうるさく言ってやっと・・。休日に公園に連れて行ってくれたことは皆無。
子供がお腹をすかせてても、自分だけ食べる。
もちろん、オムツ換えも寝かしつけもしない。
夜泣きをしても目を覚まさず、『俺は仕事があるんだ!』と高いびき。

私に外出の用があっても子供とお留守番することは拒み、
入浴中も泣いていると浴室まで抱いてきて 『早く出ろ!』と言う。

子供が『遊んで〜〜』と寄っていっても気分次第で子供に当り散らす。
私が風邪で寝込んでも、子供の世話はおろか、食事さえも『どうするの?』って。

それでいて、友人の前ではいい夫を装い、子煩悩っぽさを発揮する。

まぁ、それでもちゃんと家庭を守る責任感があるなら許せますけど・・・。

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■ けが ■

なんせ夫は仕事中の怪我が多かった。

仕事柄、危険は大きかったけどそれでも不注意の事故が多い。
その度に仕事を休み、給料が減る。
トラックの運転席(キャビン)の下に潰されそうになって頚椎を捻挫。
数メートルのところから落ちて足を骨折。
機械に挟まれ顔をパックリ切ったり、外科で手当てが必要な細かい怪我を入れたら
どれだけ怪我してるんだろう?ってくらい。その度に仕事休んで自宅療養。

請負い勤務だけに、仕事しなければ給料はない。
その責任感とか注意力とか、考えてないらしい。

『怪我しちゃったんだから仕方ないじゃないか!死んだほうが良かったのか??』
給料が減ることを心配して問いかけると、いつもこんな答えが返ってきました。

そうゆう問題ではないです。

大きな怪我で休んでいたある日、夫の会社から夫婦で呼び出され、私までも叱られた。
「奥さんがしっかりしないから!」

なぜでしょう・・・。

そして、自宅療養中・・。怪我の状態が軽くなってくると仕事は行かずともパチンコへ。
こんなことが幾度となく繰り返され、私も呆れるばかりです。怒る気も失せていきました。

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■ 借金の始まり ■

元々そんなに給料は良くなかったのですが、何もなければごく普通に生活できたんじゃないかと思います。夫の車好きが始まりですけど。

車検の度に車を買い替え前のローンが終わらないうちにまた加算されます。
新しく買った車には必ずタイヤを換え、アルミホイルを入れ、ハンドルを換え、カーステレオも入れ替える。全部ローン組んで、新しくしてから私の耳に入る。

車にかかったローンの返済だけで、軽くもう1件家が借りれるほどの金額になり支払いだけで給料の大半が飛びました。

怪我で仕事が出来ず、休んだ分の穴埋めも借金に頼り、知らない間に借金の山でした。

私も長女を保育園に預けパート勤めをしましたが、追いつくものではありません。
借金のために働き、満足な生活は出来なくなって行きました。
それでも次々と借金を重ねていく夫。

家庭を顧みようとせず、のんきな姿に『離婚』の言葉が頭の中を駆け巡ります。

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■ 生活苦 ■

平成の時代になって 『生活苦』 って言葉がピンと来ないでしょうが・・・。

借金がかさんでも収入を得ようという努力がないと、返済は滞ります。
私が働く給料は10万円が限界でした。夫が足を骨折したときは3ヶ月間昼のパートと夜スナックでアルバイトの掛け持ちもしました。それでも「大変だ!!」って意識は欠けていたようです。

夫の給料はほとんどない状態が続きました。
私の収入だけでは家賃と光熱費さえも赤字な金額です。生活なんて成り立つわけがありません。

子供の保育園にもお金がかかります。お友達との付き合いで外に出ればそれなりにお金は出て行きます。公園で遊んでいるだけだって、よその子は近くの自販機でジュースを買って飲んでいます。・・・・でも、その自販機のジュース1本も買ってあげるお金がないのです。可哀想だけど、家に帰り麦茶かお水でのどを潤すのです。

滞った光熱費で電気が止まったり、水道が止まったり、電話が止まるなんてしょっちゅうでした。お米だって買えません。何日も麺類で過ごしたり、私は食パンをかじって空腹をごまかしたり。

それでも、どうにかしなくてはと思わない夫。
相変わらず、仕事をサボりパチンコ行ったり、お金もないのに大きな買い物したり、隠してある生活費を盗んでまで・・・。

もちろん家事や育児に協力もなく、これでも『旦那様』風をふかしているので手に負えません。

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■ 借金地獄 ■

言っても言っても無駄でした。
馬の耳に念仏。

借金返済や光熱費などの滞納であらゆるところから電話がかかります。
電話が止まっていると、直接家にやって来ます。

夫名義のローンは、夫に直接電話が行くようです。それも会社に。
夫の対応は 『お金のことはかぁちゃんがやってるからそっちに言ってくれ』

「ご主人からそう言われましたの、奥さん!お支払いお願いしますよ!」

『私だって夫から給料らしいものはもらってないのでお金はありません。あれば払います』
こんなことが毎日のように続きます。

夫が家に帰ってから話をしますが
「仕方ないじゃないか!怪我したり体調悪かったりで仕事に行かれないんだから!出された給料がこれしかないんだから仕方ないだろう!!」
それをどうにか増やす努力できるんじゃないでしょうか・・サラリーマンじゃないんだし。

ローンの保証人になってくれてた私の親のところにもローン会社から話が行ったようです。もう、これ以上無理です。

自己破産するか〜〜??

そんなのんきな解決方法しか見つけられないの?自分で努力もせずに。
あなたの人生崩壊に私たちまで付き合わされるのは真っ平です。

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■ 働かない旦那 ■

怪我が多くなってから働かなくなりました。
会社からは怪我をして仕事が出来なくても、事務所で電話とってくれてれば日当は出すよと言われていたにも関わらず。行かないのです。

私がパートに出るとパチンコに行っているようでした。
長女の保育園のお迎えは行ってくれてましたので、その分私は残業しちょっとでも増やそうと思っているのですが、全く無駄な努力です。

怪我をしていなければ、持病の喘息を逆手にとって朝になると咳き込み・・・わざと?と思えることもありましたが、もう言葉に出すのもいやになり・・。

『仕事行かないの?』と聞くと
「喘息の苦しみを知らないからそうゆう事を言うんだ!殺す気か?」

と言われます。放っておくしかなくなりました。
今思えば、『死んでもいいから働け!』と一度でも言えば良かったと。

従業員の調整で休みが増えたと聞かされていました。
社長さんが「旦那さんが仕事に来ない」と私に言い、「調整で仕事がないと言ってましたけど?」と答えると、社長さんも呆れていました。

これだけの借金を抱え、それでも家族を守ろうという意識はなく、子供たちに満足にご飯も食べさせられず、必要なものも買えず、子供が病気になっても医者に行くお金もなく。

長女が3日間40度の熱を出し、肺炎を起こしていたにも関わらず、病院に行くことも出来ませんでした。それでも何もしようとしないのです。

次女が生まれたあとも、パートを辞めた私に「働け」と言う割りに、自分は一向に働かない。次女の病気を知りつつ、その命も守れないような人ですから。

離婚を意識しだしてから5年。
私の中でそれが確信に変わって行くのに時間はかかりませんでした。

もうこれ以上、この人と暮らせない。暮らす価値もないと思いました。

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